飛騨の細道 13 - 「雪。」


■雪。

国分寺には樹齢推定1200年の大銀杏がそびえたつが、
町なかの銀杏の葉がすべて落ちきったあとに黄金色に色づきはじめる。
昔から「国分寺の大銀杏の葉が落ちたら初雪が降る」と
高山では言い伝えられているのだが、
今年は珍しく黄金色の葉が落ちぬまま初雪が訪れた。

初雪といえば写真家の土門拳(どもんけん)のエピソードを思い出す。
彼は雪に包まれた室生寺を撮影するために足げなく室生寺に通ったが、
なかなか撮影することができなかった。
なぜなら彼が待っていたのは初雪で、
それは文字どおり1年に1回しか巡ってこない。

「先生、そろそろ降るかも知れませんよ」
いきつけの旅館の女将から連絡をもらうと
彼は東京から大型カメラをさげ、幾度も現地へと出向いた。
そして何年も裏切られ続けてきた。

ある年の朝、興奮した女将の涙声で起こされた彼は、
念願かなって初雪でおおわれた室生寺をようやく撮影することができた。

土門拳の思いとは比べようもないが、
初雪はだれにとっても特別で美しいものである。


写真/国分寺の三重の塔と初雪