■いのちの響き
千光寺へと続くつづら折りの道を走る。
人里から遠ざかるようにカーブをひとつ、
またひとつと曲がるにつれ、
あたりの空気は深山幽谷の気配が濃厚になり、
半分ほど開いた窓から車中にながれこむ風は、
夏でもひんやりとして冷たい。
みどりがさらに色濃くなる山門まで上ると
太古から続く濃密な空気があたりいったいにたちこめ、
世俗の街明かりや音はいっさいここには届かなくなる。
私は12、3年前のある体験を思い出しながら、
森閑とした境内に足を踏み入れた。
当時、仲間うちで千光寺ツアーなるものを
計画したことがあった。
住職の大下大圓(以下大圓)さんが提案してくれた内容は、
五本杉(国指定天然記念物)をみんなで抱きかかえ、
樹のなかを流れる樹液の音を聞こうというものだった。
当日、30人ほどの参加者は半信半疑な顔だちで、
杉の木に耳を当てた。
するとどうだろう。
樹齢千二百年の杉の樹のなかから
清水が湧き出るような「チョロ、チョロ」という音が
聞こえてくるではないか。
参加者は思わず感嘆の声をあげた。
みんなは老木が必死になって吸い上げる水の音のなかに、
「いのち」の原点を見い出したのだ。
コンピュータを手足のように使いこなす大圓さんは、
ハードを活かすにはソフトが大切だというが、
五本杉をハードに例えるなら、
木を抱かせ、耳を澄ませるプログラムこそがソフトである。
千光寺ツアーのスタートは
こうして五本杉の劇的な幕開けではじまり、瞑想で終えたが、
参加者は「あるがままの自分を受け入れる」ことで、
いっときでも穏やかな自分を見い出すことができた。
※生涯に12万体の仏像を刻んだという円空が
晩年に飛騨を訪れ、しばらく滞在したのが千光寺。
現在、多数の円空像を安置している寺として有名。
写真/住職の大下大圓