飛騨の細道 58-「人心をうごかすもの」


■人心をうごかすもの
 
ひと昔まえ、欧米人たちは日本を象徴するイメージに以下の三つをあげた。
フジヤマ、サクラ、ゲイシャだ。
現代人が聞いたら困惑し嘲笑するだろうが、
19世紀に来日した外国人は、日本人の礼節や美術品や風景の美しさに
目を見張り、讃美したという。

子どもが過って障子に穴をあけたとき、四角い紙片をはらず、
桜の花の形に切った紙を貼るなんてことは
日本人の芸術的性情を示すよい例で、
私たち日本人は礼節によって、
生活をたのしもうとする高潔な精神を持っているのだ。
しかし、現代の日本は異邦人の証言に頼らないと
在りし日の姿を偲ぶことができないほど、
「知新」のみが重視され、
「温故」がないがしろにされてしまっている。

根付は、巾着や印篭を帯から下げるための留め具として
江戸時代に隆盛を極めた道具で、
そのデザインは花鳥風月や動植物だけにとどまらない巾広い題材と素材で、
何千人もの根付師が競い合って制作してきた。
ところが、その魅力は日本ではなく西洋で認められてしまい、
多くの名品が西洋人によって活発に売買・収集・研究されるようになったのだ。
そして哀しいかな大多数の日本人は根付にほとんど関心を払わなくなった。
しかし近年になると根付の魅力が日本でも再認識されるようになり、
愛好家が増えはじめるとともに、根付師の数も増加してきた。

根付の魅力はひとくちで申せば、
作品からにじみ出る作り手のすぐれた遊び心と、あふれるアイデア、
そしてその表現力にある。
それと多くの芸術作品は姿、形を目で楽しむだけなのだが、
根付はわずか数センチの作品を手のひらにのせ、
やさしく包み込み、たなごころで味わえるという点が大きく異なる。
まさに全身全霊で感じる芸術ともいえよう。

今年で二回を迎えた公募展には小さく軽やかなものを愛する感性と、
密度濃く対象に働きかける創作者の精神を十二分に感じることができる。
現代木彫根付公募展は内外の作家たちの登竜門としてだけではなく、
もののすがたを愛で、その美しさ、風格、品のよさ、
その在り方を世に問いている。
小さいものに贅沢さを創造し、上等のものを贈りつづける高潔な精神。
日本が世界に生きる道がここにある。

●現代木彫根付公募展/平成21年9月19日(土)〜12月13日(日)
●会場/光記念館(高山市中山町)


写真上/第1回木彫根付公募展◎大賞受賞作品 28mm×40mm
タコと魚の目/高木睦仙作
写真中/第2回木彫根付公募展◎大賞受賞作品 60mm×35mm
因幡の素兎/松井昌子作