■提灯や(その一)
いちど筆をおろしてから、
気にいらなくてもういちどなぞり書きをすると、
「提灯や」といって学校の先生から叱れた。
姿勢を正し肘をつけず、一気に筆を運ぶようにいわれるのだが、
馴れない者にはかなり不安定でしんどい。
手本をみながら書くわけだから、
どうしてもそれに似せようと「提灯や」をやってしまう。
江戸時代以来の看板書きや提灯やが、
なぞりながら文字をつくるところからそう呼ばれたのだろう。
かなりうまくやったつもりでも、陽に透かせば、
その部分が二重になっていてすぐばれてしまう。
字の形は人間の顔であり、筆勢は人の心がそのまま写されるのだから、
迷ったり、途中で止めてしまったり、
もういちどなぞって失敗を隠そうとしてもだめなのだ、
といわれると、いいようもないコンプレックスに襲われる。
このように書の世界では嫌われている「提灯や」でも、
ひとたび飛騨の祭礼に目を向けてみれば、
提灯は欠かすことができないもので、
提灯さおを立てることから祭りは始まるのだ。
写真/路地裏に祭り提灯