■生命を宿す
張りつめた空気が漂う水無神社の境内に足を踏み入れると
樹齢800年の杉や、500年の桂の巨木の間に
小さな神馬舎(しんめしゃ)が目に入る。
中を覗くと白と黒の二頭の神馬像が安置されており、
気品漂うリアリティーな白馬(祈晴の神馬)に対し、
様相は稚拙なのに得も言われぬオーラを発しているのが黒の神馬だ。
名前は「祈雨の黒駒(稲喰の神馬)」と呼ばれ、
作者は謎の左甚五郎といわれている。
左甚五郎が生み出す写実的な彫刻には実存や架空を含め動物が
モチーフにされたものがとても多いが、そのいずれもが夜な夜な本物に変身し、
野を荒らすなどの悪行を働くというのだ。
この「黒駒」も秋の刈り入れ時に、稲を食い荒らす悪行を繰返したため、
名工によって目をくり抜かれてしまったというが、
彫り物を用いて善と悪を説くのは当時の道徳教育の一つだったのかも知れない。
「祈雨の黒駒」は飛騨で修行を重ねた頃の甚五郎13歳の作だが、
この馬には隠れた細工が施されている。
四本の脚と胴体は複雑なほぞがパズルで組まれており、
体のどこかにある隠しほぞを抜くと簡単に解体されるというのだが、
甚五郎でなければ解体は無理だと伝承されている。
それが真実なのかどうか、
夜な夜な悪行を働いて確かめてみたくなるのは私だけではあるまい。
写真/黒駒(高山市市制70周年記念誌たまゆらより)