飛騨の細道 136-「天気」


■天気

11月25日。
新穂高ロープウエイの利用者がこの日、1500万人目を迎えた。
開設が40年前というから、計算すると日に1027人になる。
現在は40人乗りゴンドラに2階建てゴンドラが合わさり、
標高2,200メートルの展望台へと、1時間に200人もの観光客を運ぶ。

昔から「山の天気と女ごころ」と言われているように
山の天気はあてにならない。
ところが1500万人目を迎えるこの日は、
一年に数回、あるかないかの絵はがきのような青空に恵まれた。

前日、降り積もった新雪を抱くアルプスの嶺。
抜けるような紺碧の空。
2000m級の冬山の眺望は、アルピニストが何時間もかけ歩いた末の
糧として与えられる特権なのだが、
今ではロープウエイという利器によって、
オーバーコートを軽く羽織ったご婦人方にも、
平等に与えられるようになった。

展望台まわりの喧噪を避けるように、
シラビソの木々の雪道を歩いてみる。
木々の間から見える稜線、陽を受け輝くスノーダスト。
まわりは真空のような張りつめた無音の世界で、
自分の存在が危うく思えてくる異空間に、私は包まれた。

帰りのゴンドラの中、老夫婦が語った。
「どんなにお金があっても天気だけは買えないわね」。
そう言わしめるほどの絶景だったのである。