飛騨の細道 146-「小さな橋のある暮らし○その2」


■小さな橋のある暮らし○その2

田中準一(62歳)さんは鉄砲橋のたもとで生まれて以来、
62年間、ずっとここに住んでいる。
その間、5世帯の家族らがこの界隈にやってきて、そして出ていった。
現在は一時期のような人の出入りはなくなり、
昼間でも物音がしないほど界隈は、ひっそりとしている。

家々が軒をつらねた鉄砲町側の路地は、
見過ごしてしまうほど入口は狭く、
この先に小さな橋が架かっているとは想像しがたいほど、
道は行き止まりの相を呈していた。

江名子川から吹き上がってくる風が心地よい夏とくらべると、
日照時間が少ない冬は、逆に川の冷気が重なってきて、
部屋の中にいてもつらいと田中さんは顔をしかめる。

川幅が狭い江名子川のことだから、
雨の日が2〜3日続けば大変だと思うが、
2004年の台風23号では、
鉄砲橋上流から石垣を濁流が乗り越え、
路地まで水に浸かって大変だったという。

「秋祭りには鉄砲町側の道路から赤土を路地の裏までひいて、
神様を各家に迎えたことがあったんや」。
元気がよかったありし日の横丁を懐かしむ田中さんの声は、
澱のように沈む路地裏の空気に、
吸い込まれるようにすぐさま、消え入ってしまった。